普通に生きていくだけのことが難しくなる世の中に備えて
オンライン市民講座
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失ってしまった、失うべきでなかったものの再興
メディアに勝ち、教育から覚め、経済的に自立し、本質を生きる
このオンライン市民講座は、西洋化もしくは近代化により凋落した現代日本人を鑑み、あるいはグローバリストのもと崩壊していくだろう日本の秩序、経済、民主主義を危ぶみ、これからいかに生きていけばいいかを主眼とした勉強会をオンラインで行なうものです。
今の日本人は、学歴があっても頭が悪く、優しくても弱く、道を外す生き方をするにしてもすぐに逃げ、多数の意見を簡単に信じ、騙されていると分かっていても恐いから騙され通すといような、浅薄で弱い民族に成り下がっている。
カネと高級車と高級時計が欲しくて自分を見失うか、長生きだけを望んで中身のない人生を送るか、間違いに気づいているのに自分をごまかして方向を変える勇気がない人々。
予想外のことに対応できない。
なにかと法に頼るか、逃げる。
自分が正しいと思うと強くなるが、我を通そうとして自分の意見を鳥瞰できないから他人と対立ばかりする。
さて、あなたが何年後に亡くなるかは分からないが、死ぬことは確かである。
絶対に死ぬのだから、わずかな余白においてでも良いので、自分自身の長養、内面の強化、動かない心の鍛錬そして真の生き方を見つけ、喜びと驚き、そこに係る意外性を感じてほしいと思う。
然るにそれ以外に、混沌とするこれからの世の中を生きていく術はない。
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反グローバリゼーション講座
Disclosure
科学・宇宙人・そして仏教と日本人
Economy
ビジネス・経済講座。個人の時代へ。
Youth
寺子屋サロンー中学生以上のプログラム
Politics
すごく簡単にわかる日本の政治
Religion
宗教問題という、問題。信仰を考える。
人間は常に苦しみと闘ってきた。
この世は天国ではない。
しかし、心ひとつで世は面白くもなるものだ。
おもしろき こともなき世を おもしろく 住みなすものは 心なりけり <高杉晋作>
Online Salon
CONTENTS
欧米日つまり西側と呼ばれている国のマスコミは、ある一部の権力者からの指示に従い意図的に報道内容を工作しているということが、コロナワクチン接種問題や、ロシアウクライナ戦争に関する報道で明らかとなった。そして、マスコミ報道を操作している中心が国際的な金融資本グループすなわちグローバル主義者であることも。いま覇権を握っているグローバリストとはなにか。米左派とは何か。そして世界はどうなるかを学びましょう。
最近の、メディアが隠している事柄。
- 米政府保健福祉省がバイデン一族の児童買春を黙認していたとの報告が提出される。
- バイデンが南米との国境を開いてから、8万5千人以上の子供たちが行方不明になっていると報道。
- BRICS諸国合計のGDPがG7諸国合計のGDPを追い抜いた。
- フランスとドイツが脱米国を表明。アメリカが欲しいのは家来であり同盟国ではない。
- 変化する中東諸国の協力体制。
- 世界的に進んでいる脱米国と親中露。
- アメリカ一極支配から多極化する覇権。
- 石油貿易を人民元で行い始めた中東産油国。
- 台頭するBRICSと中心に置かれた中国。
- ウクライナ報道で露呈したDSの異常性と世界のアメリカ離れ。
- 世界中から嫌われた米民主党およびネオコン勢力。
- G7から取り残された日本がアジアの底辺国になる。
- 欧州及び中東の要人が短期間のうちに習近平を訪れた。
- サウジアラビアとイランが国交正常化。
- 5歳児と言われる日本の外交に嫌気がさした欧州およびBRICS。
マックス・ヴェーバー『生きることは病であり、眠りはその緩和剤、死は根本治療。』
モンテスキュー『人間は死を嘆くのではなく、誕生を嘆くべきだろう。』
ソクラテス『”死”は”終わり”ではない。”解放”である。』
釈迦『解放、悟り、自由、放免を手に入れた状態のことを解脱という。』
頭山満『人間は魂を鍛えることだけを考えておればそれでいい。』
21世紀。人類は、予感、正夢、心霊現象、霊感、UFO、そして心の底から湧き上がる喜びや愛する感情などはすべて脳内におけるホルモンの影響か、偶然、錯覚といった、物理的な作用であると信じさせられている。人類の起源や宇宙はなぜ存在しているのか等といった根源的な問いにさえも答えられていないのに。がしかしである。実は一方の、最先端を行く最新の物理学の世界観は、その潮流に逆行するがごとくして古めかしい東洋思想を掘り起こしているのである。
我々が住むこの世の中は実体のないヴァーチャル空間であり、人の意識や行為は記録されている。
二分した素粒子の間には光の速度を超えて情報を伝える何かがある。
超微粒子は粒ではなく弦の振動である。
とこのような事柄を以て、釈迦が述べた「空」の理論や祈りの力、以心伝心やテレパシー的な事柄を、いみじくも証明しているのである。そしてなんと、そのような実在空間、宇宙、地球上のシステムや人間の本質に関する事柄について、意外にも、1947年7月、アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロズウェル付近で墜落したUFOから救出された生命体すなわち宇宙人が、同じように語っていたのだ。人間の本質は肉体になく魂(Is beと表現)にあることや、地球では肉体を亡くしても魂のみ他の肉体に宿るが記憶は消される等々と。
然るにこのような話しを単なるオカルトとして扱えなくなったことは、今年2023年7月、アメリカの下院監視委員会で超党派議員団が行ったUFOに関する会見を見ればわかるだろう。
先に述べた宇宙人、最新の物理学、そして日本人が数百年以上もの時を超えて研究してきた日本の仏教(大乗経・密教)が提示した本質とはなにか。
それを学び、そこに向かうことが人間の普遍的な道であり真実である。
要点は、人間は、人間として生まれ変わらない事を目標にすべきである。ということだ。
ビルを一棟建てるだけでも大きなお金が動くのだから、焼け野原だった東京が今の姿になるまでにはどれだけの費用がかかったか。車も、家電も、衣服や食料も今は充実したが、そこに至るまでにはどれだけの費用がかけられたか。そしてその膨大な費用こそが、戦後の経済成長と呼ばれるものの正体なのだ。がしかし、全てが揃い、「必要なもの」が無くなった日本の経済に成長する可能性があるのだろうか。これからの世の中は、個人の能力で生きていかなければならなくなるとは言えまいか。日本経済が衰退する原因を知り、あるいは起業に関する知見を深め、自分自身に金を稼ぐ力を加給する。
福沢諭吉曰く、人は生まれながらにして平等であるが、生まれた境遇によって様々な人生を迎えなければならず、また、能力や才能にも差があるものだが、しかしこれは天が与えたものだから仕方がない。貧しい人、卑しい人、様々である。学問の力とは、この様な生まれながらの差を平等に近づけるものである。と宣った。がしかし、今の時代、一流大学を卒業できるほどの学力があれば別だが学問はそれほど要さないのではなかろうか。また、一流大学を卒業できるほどの学力があったとしても、それのみで人としての幸福を掴むことができるだろうか。もっと、世の中を渡るための知識を充実させた方が良いのではなかろうか。つまり今の時代に必要な教育とは、可能性に対する養分であり心の力を養うものであるべきなのだ。
学歴はただの保全であり、そして知っての通り、高学歴でもバカでは幸せにはなれないものである。
ウィンストン・チャーチルは、独裁政治への魅力を戒め、「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」と述べた。民主主義とは、単に、国の支配者をその国の構成員つまり国民から選ぶとしただけの制度、思想であり、よって、支配者に対し、支配者たるべき能力に疑念が生じた場合には、国民は即座に考えを改め、次なる支配者を求めるべく思慮しなければならない。しかし、日本人が行ってきた民主主義すなわち世襲、地縁、縁故、利害、知名度などを誘因条件にした選挙では適正な支配者は選ばれないし、国が抱える問題も解決しない。ここにおいて、既存の政体、政策、組織や法を破壊してでも、国民の受益者としての立場を正常化させ得る力を我々で発揮し、あるいは参政権者を発掘、支持、支援していこう。
世界中から超越人群と呼ばれたかつての日本人の内面は、仏教、儒教、神道に磨かれてつくられたものである。新興宗教、あるいはカルトという言葉が、日本人の形而上学的かつ宗教的な価値観を曇らせ、内面を養うとした思想そのものをも蔑むよう誘導したが、今の世の中においても抜きんでてる人は、少なからず哲学的な考え方や宗教的な価値観をもっているものである。苦難と戦うことを励まし、あるいは生命の意義を教えてくれた頭山満の生き方が賞賛されてきたのは、心に血が通うその生き方こそが真だったからであり、しかしその生き方に観る価値観は、「古臭い」あるいは「科学的でない」という単純な言葉により否定されているのである。
21世紀を迎えた人類は、東洋的な価値観や思想よりも西洋的な価値観や思想に親しみ、唯心論を捨て、物欲に傾倒し、あるいはその表現として、金と物と動物的な欲望に支配されて生きている。「現代的な考え方」や「科学的な考え方や常識」が裏付けとなって「先進的な人々」の精神性を後退させているということだ。そして、その価値観を改められない根本的な原因は、宗教の失墜にあるのである。見直そう。日本は神の国であり仏教国であることを。
Fellow
仲間に逢いたい
私は頭山満の直孫を師匠とし、名門頭山家に長らく仕えているが、それ以前のもっと若い頃からも年長の人に気に入られることが多かった。善きも悪しきも師弟関係から得た養分が自分を育てたと言って過言でないが、人物の大小に関わらず昔はすべからく、若い時分から人は師を持ち、そこに仕える友と一緒に成長したものである。なるべく多くの人と関わり、目上からは情を受け、友と助け合いながら可能性を探るということが絶対に有益なのである。世間から人情が消えた今だからこそ、多様な仲間と出会いたい。